発達障害児による犬の取り扱いとセラピープログラムを評価するための
犬の行動指標の検索

千棒麻衣  Mai Senbo 1)
安江 健  Takeshi Yasue 1,6)
坂田文太郎 Buntaro Sakata 2)
河原 聡   Satoshi Kawahara 3)
坂入和也   Kazuya Sakairi 4,5)
大野真裕   Masahiro Ohno 5,6) 
小田切敬子 Keiko Odagiri 3,6)

1)茨城大学農学部・茨城県、2)つくば国際ペット総合学院・茨城県、3)東京コミュニケーションアート専門学校・東京都、4)県立友部病院・茨城県、5)福祉相談センター・茨城県、6)NPOアニマルセラピー協会・茨城県

-背景および目的-
 アニマルセラピーの実施に際しては動物になるべくストレスをかけないプログラムの開発が重要であるが、セラピー時のストレス指標となる行動反応の把握は充分ではない。もしこれらセラピー時のストレス指標となる行動を検索できれば、動物福祉の観点からのプログラム評価や、これらの行動指標を用いて対象者の犬の取り扱い方を評価することを通して、対象者の症状の改善を間接的に評価し得る可能性もある。そこで本報では、発達障害児による犬の取り扱いとセラピープログラムを評価するための犬の行動指標の検索を目的に、筆者らが茨城県阿見町において実施しているセラピー活動参加犬の行動調査を実施した。

-材料および方法-
 予備調査として2002年7月、普段日、セラピー日、セラピー前後日の4日間、セラピー犬であるウエルシュコーギー1頭(7歳、雌)の行動をVTRで日中約15時間観察し、従来の報告(Beerda et al.,1997,1998,1999)を参考に39の行動持続時間と24の行動発生頻度を記録してセラピー実施により変化した行動を検索した。次いで9月にもう1頭のコーギー(2歳、雌)を加えた2頭で普段日、当日の2日間、人との全関わり中における行動を記録し、上記で検索された行動の個体差を検討した。本調査では、予備調査においてセラピー中の発生頻度に個体差の小さかった行動について、これら2頭分、のべ6回分のセラピー活動中のデータを用い、プログラムを構成する各課題×対象者の二元配置による分散分析およびボンフェローニの多重検定で解析を行った。

-結果および考察-
 日中約15時間の観察では、セラピー実施に伴い「self grooming」「不完全に耳を後方に倒す」「鼻舐め」「唇舐め」「発声」「逃避」が増加した。「self grooming」以外の行動はいずれも人との関わり中においてのみ日間で大きく変動していた。そこで「self grooming」以外の行動について詳しく発生状況を解析したところ、「不完全に耳を後方に倒す」「唇舐め」「発声」「逃避」はいずれも検査のための「唾液・脈拍数収集時」やセラピー実施のための「シャンプー」「爪切り」といった忌避的出来事時に大きく増加し、明らかな急性ストレス指標と考えられた。また「鼻舐め」はこれら忌避的出来事時にも増加するものの「飼い主以外のハンドラーとの関わり中」に最も増加し、「不安」などの情動指標の可能性が示唆された。またこれら「self grooming」以外の行動について2頭間で個体差を検討したところ、「唇舐め」以外の行動では日間変動よりも個体差は小さかった。
 以上の結果を踏まえ、個体差が相対的に小さかった「不完全に耳を後方に倒す」「鼻舐め」「発声」「逃避」を行動指標とし、これら2頭ののべ6回分のセラピー活動中の各出現頻度を課題別、対象者別に解析した。その結果、「鼻舐め」は課題や対象者に応じて一定の傾向を示さず、評価には不適な行動であった。また「発声」「逃避」は明確なストレス指標ではあるものの実際の活動場面ではほとんど発生せず、「不完全に耳を後方に倒す」頻度の多寡が、ウエルシュコーギーを用いた実際のセラピー活動場面での各課題の評価や対象者の犬の取り扱い評価に適している行動指標と推察された。